自分を知る一つの手段、程度に

動物占いによると、私は「束縛を嫌う黒ヒョウ」らしい。

 

”現実をよくみる平和主義者”だとか。

当たっているな、と思った項目をいくつか挙げると、

口数は少なく、不言実行を地で行く人。

論理的な説明は苦手だが、直観力に優れ、そのときの相手の心理を見抜くカンはさえている

理性と感情のバランスがとてもよく安定しているが、時には気分的な好き嫌いやその場の思いつきに頼る傾向が強いので、客観的な分析を必要とする作業は苦手。

自分1人の決断に迷いが生じたときのために、よきアドバイザーを持つべき。

 

となるのだが、(最後の良きアドバイザーを持つべきというのは誰しもだと思うが)これを客観的に見ると、この人社会で生きていくのが苦手そうだな、と思う。

 

本当にその通りなのだけど。

 

黒ヒョウの総合的な性格は、「リーダーシップをとりたがる、攻撃的で傷つきやすい喜怒哀楽のはっきりした人」らしい。

 

え、何その面倒くさい性格。え、これ私じゃん?私嫌だわー。

って思うのだが、もう自分が大嫌いな時期は一通り過ぎた今の私はこう思う。

 

「お山の大将になれば、自分の性格にも合っていて生きていきやすいんじゃないか?」

 

お金は欲しいが、生活できる程度があれば十分だ。

精神的な負担を大きくして収入を増やそうとするより、無理なく続けられることで生活出来れば幸せだと。

 

そこから少し好きなものが買えたり、旅行に行けるお金も出てくるといいね!くらいに考えている。

 

なので形になるかどうか分からないが、黒ヒョウが持っているというセンスを使った仕事を、今少しずつ形にしている。

収入より、楽しいことをしたい!という思いだけで始めた事だ。(そして幸運にも、協力者も居る。)

 

生活の為に、本業は性に合わない、束縛される会社員をするわけだけれど、楽しい仕事があると思うと頑張れるわけだ。

 

占いに振り回されるのも良くないし、信じるも信じないもあなた次第だと思うが、自分がしている事を「占いの言葉」で知るのも、良い事だと私は思っている。

 

占いの言葉は、周りの評価や客観的な言葉とはまた違った表現だから。多角的に自分を見たい時に一つの手段として使うことは良いことなのではないか?

 

私は占いを良く見るのだが、中でも良く見るのが星座占い、誕生日占い、六星占術、手相、動物占い、だ。それらの月運を見るのが好きで、手帳にメモしている。

 

スケジュール管理をする時に見ることは無いが、迷った時や何故今こんな気持ちなんだろう?と思った時に見ると、妙に納得する時があり、気持ちが少し安定するのだ。

 

この「占いの言葉(月運)をスケジュール帳に書いておく」というのは、私のお勧めの占いの言葉の使い方なので、気が向いたらやってみて欲しい。